8月5日生まれの秋田出身。もちろんあのキーボードの腕ですので、 小さな頃からピアノを習ってたのは明らかですね。 高校時代はバレーボールをしていたそうです。セッターとかやってたんでしょうか??
明治大学に入学して上京。1984年にサークル内でドラムスの工藤源太氏と知り合い、 バンド活動を始め、そして1985年。ベースの長妻哲也氏を加えDEJA-VUとして活動が始まります。 その頃はオリジナルに加えて「U.K.」や「EL&P」などのナンバーも様々なライヴハウスで行い、 そのトリオのキーボードサウンドに「Made in Japan レコード」のプロデューサーのヌメノ・ウエノに 目にかなう。
そのヌメノ・ウエノがプロデュース&マネージメントを1987年から行う様になり、 1988年に企画バンド「再現、イタリアンプログレ」、オムニバスアルバム「Progressive's Battle '88」 と参加し、その年の9月に「Baroque In The Future」をリリースするも、 11月にベース&ヴォーカルの長妻氏が就職の為脱退。一時的に活動を停止した後、 翌年にアウターリミッツの上野知己氏(Vo)、明大の後輩の井下憲氏(Bs)を加え、 新しいDEJA-VUの完成。
サウンドはより洗練され、フランスのプログレバンドとのイベントなど 活動もより精力的になり、海外のプログレファンにも絶賛されるなど、 日本を代表するバンドの一つに成長。そして2枚目のアルバムの発売が決定。 しかし、リーダーの桜庭氏が突然の解散を決めてしまいます。 そして、その年の10月のライブを最後に解散。結局、新生DEJA-VUとして残ってるのは ライヴ録音のみとなってしまいました。非常に残念です。一枚目よりもさらにレベルの 上がったアルバムを聴くことができなくなってしまったのですから。
非常にセンスのある作曲能力とジャズとロックが合わさったキーボードサウンドの融合。 もしかすると彼はバンド活動の中、違ったことをやりたかったのかもしれません。 しばらく影を潜めた後、1990年9月に[Made in Japan]の企画アルバムの「Kings' Board」に参加、 その後そのCDに参加した後輩の井下憲と、ホワイトファングの下田武男とソロバンドを結成し、 12月に「戯曲音創」をリリース。全編にわたってインストゥメンタルサウンドで、 よりジャズ・ロックなサウンドに仕上がってます。
しかしながら、その頃にはウルフチームのコンポーザーとして既にサントラが出てるあたり、 1989年にはウルフチームに入社していたと思われます。 「戯曲音創」の後、ソロ活動はライヴのみにとどまり、ゲームの作曲に絞っていくことになりました。 名前が知られるようになったのはSFCで発売された「Tales of Phantasia」かもしれません。 ナムコという大きな会社が発売し、様々な趣向が込めてあったゲーム。 某E社のゲームと発売時期が重なった不運もありましたが、 テイルズシリーズの大いなる一歩だったのは間違いないですね。
トライエース社ができるまで、ウルフチームの専属コンポーザーとして働き、 AAA社が出来たと同時にCAMELOT社のゲームの作曲の仕事も受け始めます。
そして、1996年に「ビヨン・ドザ・ビヨンド」と「シャイニングホーリーアーク」のサントラが発売。 「ビヨンド・ザ・ビヨンド」のサントラの中身はバンド時代とは打って変わって壮大なシンフォニックロックでした。 しかしながら、それでもあのキーボードは健在です。 次に出たホーリーアークは元がゲームなんて思えないサウンドに変貌しており、 シンセやらオルガンを弾きっぱなしで、「これ、オリジナル・サントラって書いてていいのか?」 と思うほどの出来で、「桜庭オリジナルトラックの間違いじゃないか?」と誰もが思うはず。 廃盤になってしまったのは残念です。
その後はトライエース製品、キャメロット製品、テイルズ系、はたまたTVドラマやTVアニメなど、 活動が多彩になり、昔のように情報を追い求めるのは難しくなくなりました。雑誌などやホームページ などでも頻繁に名前が見られるようになったのも知名度の上昇の現れでしょうね。
そして現在に至ります。
私がゲーム音楽に興味がでてきたのは、スーパーファミコンが出始めた頃だと記憶しています。 ファミコンのピコピコ音から大きく変わった音色の多彩さに当時はとても驚いていたもので、 グラディウスIII、バトルドッジボール、そしてファイナルファンタジーIVと、 どんどん私の興味を惹いていきました。そして、テイルズ・オブ・ファンタジア。 発売日は95年12月15日と私の誕生日なのは運命でしょうか?
桜庭氏の音楽を初めて聞いた瞬間だったのですが、当時は作曲者のことまでは気にしてなかったのですが、 曲の多彩さに感銘し、サウンドテストを何度も聴いていた記憶があります。
インターネットが普及していくにつれて、テイルズ・オブ・ファンタジアの作曲者の一人が 桜庭統氏というのを知り、いろいろ調べ上げて「ビヨンド・ザ・ビヨンド」、廃盤でなかなか見つからない中で、 シャイニングフォース3のサントラを買おうとしたらなぜか売ってたという「シャイニング・ザ・ホーリーアーク」。 それらを聴くにあたり自分の趣向がアート系の音楽に変わっていき、結果として音楽の奥深さを知ることになりました。
その当時の私は、ユーロビートやスラッシュメタルなどのノリがいい音楽しか聴いてなかったのですが、 音楽をより芸術方面から聴くようになったきっかけとなったと感じてます。 チェンバロやオーボエ、キーボードソロ。それらが好きになったのも、その頃からです。
そして今では、「桜庭氏の曲ならなんでも好き〜」というのではなく、 本当に「好きだな〜」と思える曲を追い求める硬派なファンでいたいと思ってます。 「昔のほうが好きだった」ではなく、今も昔も同じように聴いていきたい。そんな気持ちです。
ここではゲーム音楽に限定して考えてみたいなと思います。
桜庭氏は1989年頃からゲーム作曲をしていますが、そのサウンドはプログレというよりもロックです。 一見、[桜庭統=プログレの人]と思いがちで、前衛的なサウンドに耳がいきがちですが、 桜庭氏の真髄はエンディング曲や、所々に見られるメロディラインの巧みな使い方。
それだけなら、他の作曲家にも優れた人は大勢いますが、 桜庭氏はそれに加えて軽快なベースラインとリズムでゲームによく合う曲をどんどん作ってくることです。 そして、そこにおなじみプログレっぽいフレーズやリズムを合わせたりして 毎回毎回新鮮な曲が出来てくるんだと思います。 一般的にありがちな展開の希薄な曲も少なく、コードだけでも頑張れてしまう力が彼の曲にはあります。
最近ではゲームをやらないでサントラCDだけ聴くといまいち、、、、ってのも増えてきましたから、 いろいろ考え方があるにしろ、聴かせられる曲を作ってくる桜庭氏は貴重だと感じますし、 なによりもあの展開力とスリリングなサウンドは本当にオリジナルだと思います。 似たような曲が多いとか、アレンジものが多いとかそういう声もありそうですが、 ほかのゲームの曲もその点当てはまったりするので、たいしたことではないですね。
ただ、職業上どうしても数をこなさいといけない、プラス持ち前の作曲の早さから どうしても仕事数が多くて、じっくりと曲が作れないのかもしれませんが、 是非、時間をとってもらってまたホーリーアークのようなCDをまた作って欲しいなと思います。
ということで、スターオーシャン3のサウンドには大いに期待しています。 生演奏をふんだんに使ってるらしく、あのわくわく感が蘇ってきそうです。 ゲームをより楽しむためには5.1ch環境を揃えないといけませんか??
最後に、
「エンディング曲を語らずして、桜庭統を語るなかれ」
と、個人的な意見を。。
オススメCDとは言ったものの、「桜庭統!」というのが感じられるCDは 廃盤が多く、運がよっぽど良くないと入手不可能な状態です…
入手可能の中でのオススメは、
インターネットの素晴らしいところは情報が共有できるってことですね。 是非いろんなところへ行って、たくさんの情報を得てください。